進捗雑記

#落花 推敲中に「この表現が正しいかどうか怪しいからあとで調べ物をして確認するマーク」として★を小説に書いておくのですが、ロケハンし直したりスクショを漁ったり自分でつくった資料を見返したりしてその★をほぼ全部なくしました。あとは小説内の前後関係が怪しい箇所だけ残ってます。この作業が終わると推敲終盤まで来た気がする。

ついでに一話目のラストがちょっと気に入っているので置いておきます
「本当にありがとう、テメノス。何かお礼ができたらいいのだけど……」
 テメノスはかぶりを振る。
「構いませんよ。散歩のついでです」
 彼女こそ、ただの同行者であるテメノスの捜査に何度も付き合ってくれた。お互い様だろう。
 屋敷の門を抜けて、高台から階段を降りていく。テメノスは滑らないよう慎重に段を踏みしめ、雪道に降りたタイミングで振り返った。
「ただ、ひとつ聞かせてください」
 寒さでかすかにほおを染めたキャスティがきょとんとする。
「何?」
「あなたはトルーソーの豹変の理由を知りたいから推理してほしい、と私に依頼しました。こうして捜査を進めて、いつか何らかの結論が出たとしましょう。あなたはそれをどう使うつもりですか」
「それは……」
 フードの陰でキャスティの顔色が変わった。テメノスは一気に畳み掛ける。
「質問を変えます。あなたと薬師団の理念は『一人でも多く救うこと』ですが、その中にトルーソーは入っているのですか」
 表情を消したキャスティが階段の途中で立ち尽くす。先に降りたテメノスと、ちょうど視線の高さが揃った。
 彼女にとっては答えづらい質問かもしれない。だが、テメノスはどうしても聞いておかなくてはいけなかった。
 トルーソーはすでに大勢を殺している。どの国の法律で裁いても間違いなく大罪人だ。キャスティはそれを救うのか、救わないのか。方針が分からなければこれ以上の捜査は難しかった。
 キャスティはすぐに戸惑いから覚め、ぴんと背を伸ばした。青い瞳に街灯の明かりが反射する。
「私は一人でも多くの人を救いたい。その相手が過去に何をしたとしても、関係ないわ」
 テメノスは表情を変えず問いを重ねる。
「では、どのような方法でトルーソーを救うのですか?」
 雪空の下、キャスティの吐息が白く染まる。落ち着いて呼吸した彼女はテメノスにまっすぐに視線を注いだ。
「あなたの推理をもとにトルーソーを説得したいの。まだ……彼がティンバーレインの戴冠式に雨を降らせる前なら、成功する可能性はあるわ」
(やはりそうか)
 テメノスは納得した。ならばこれ以上問いただす必要はない。彼女が元同僚のトルーソーに目をかけていることは否定しきれないが――その基本方針は記憶を失う前から何も変わらない。救える命であれば誰であろうと手を伸ばすのが彼女だ。
 キャスティはそこで少し眉を下げ、かぶりを振った。
「もっと早く言っておけば良かったわね。ごめんなさい。でも、あなたはそんなの無理だって言うと思っていたから……」
 確かにそうだ。テメノスは呼びかけによって大量殺人者が更生する、などという都合のいい希望は抱けない。
 だが、それは交渉するのが自分だった場合である。
 彼はふっと口元を緩めた。
「……ならば、私はあなたが彼を説得するための論法を考えた方が良さそうですね」
「えっ」
 キャスティは一瞬絶句したのち、ぱっと表情を明るくする。彼女はそのまま軽い足取りで段を降りて、テメノスの隣に並んだ。
「いいの?」
「二言はありません」
 彼は簡潔に答えてから、仲間たちの待つ宿に向かってきびすを返す。理由を話すつもりはなかった。彼女なら説得が可能だと思っていることが伝われば、それでいい。
 少し遅れて追いかけてきたキャスティは力の抜けた笑い声を漏らし、下からテメノスの顔を覗き込んだ。
「テメノスはいつも私に良くしてくれるけど、どうして?」
「どうしてと言われても……あなたには世話になっていますから」
 と返事するが、キャスティはまだ不思議そうな顔をしていたので、説明を付け加える。
「ほら、ストームヘイルの聖堂機関本部まで応援に駆けつけてくれたでしょう」
「そうだけど、あなたはもっと前から……いえ、やっぱりいいわ」
 キャスティは口をつぐんだ。テメノスは首をかしげ、それ以上の追及を避けた。
 遠くに白く霞むあの雪山を越えた先に、テメノスの故郷クレストランドがある。彼がキャスティと出会ったのはフレイムチャーチ村から一人で旅立とうとしていた時だ。いつしか山どころか海をも越えて旅を続けてきたが、彼女に対して最初に抱いた思いは今も変わらない。
 彼女が望むとおりの薬師であり続けてほしい。「一人でも多く」を貫き通してほしい。
 そのために、テメノスは今回の依頼をなんとしてでもやり遂げるつもりだった。
畳む