進捗雑記

#落花
三話目四回目の推敲15461字
二話目いい感じに書けたなーと思って軽く読み返したら、戦闘でまあまあダメージを負っていた人が会話シーンになった途端に怪我とか痛みとかなかったように元気になっていることに気づいて、「ダイの大冒険のヒュンケルじゃないんだから…」と慌てて修正しました。気づくと描写が抜けている…
三話目もまあいいんじゃないでしょうか!四話目が一番の問題かもしれない。ということで明日以降頑張ろう。

三話目冒頭、回想シーン(3000字くらい)を載せます。ここはプロット大改稿前からあったシーンだから比較的まとまりがいいです。
 教会の扉を閉めると、雨音が遠ざかった。
 テメノスはかぶっていたフードを背中におろした。水滴が床に落ちる。室内は真っ暗だったので、持っていたランタンを灯した。
 大雨が目前に迫った今晩、フレイムチャーチ村の神官は教会の雨仕舞いを忘れてしまったらしい。たまたま今日のテメノスは大聖堂ではなく村におり、その神官に頼まれて教会の様子を見に来た。村にいた神官は女性ばかりで、夜ということもあって自分が行くべきだと判断した。
 礼拝堂の正面に飾られたステンドグラスを断続的に雨粒が叩いている。あれは特別に強化したガラスを使っているから、多少風が吹いても大丈夫だろう。見て回るべきは他の雨戸だ。
 テメノスがひたひたと礼拝堂の方へ歩いていくと、信者のために用意された椅子に、誰かが座っていた。彼は息を呑む。
 その人物はこうべを垂れ、一心に祈りを捧げていた。わざと靴音を立てれば、「彼女」が振り向く。
「テメノスさん……?」
「驚きましたよ。こんな時間に何をしているんですか、ミントさん」
 呼びかけられた神官ミントは、ベールの下で目を丸くした。
 彼女はごく最近、カナルブラインの教会からフレイムチャーチへと赴任してきた神官だ。なんだかんだでテメノスは毎日顔を合わせているが、まだ二人きりで話したことはなかった。
 しかし、明かりもつけずに教会にいるとは驚きだ。テメノスがつい咎めるような声を出すと、深緑の髪と瞳を持つミントは自分の胸に手をあて、明朗に答えた。
「お祈りです。夜は気持ちが落ち着いて、考えごとに最適ですから。自分の心にある影を見つめ直していたんです」
 テメノスは呆れた。前から熱心な神官だと思っていたが、まさかここまでとは。彼は首を振る。
「それは結構なことですが……この悪天候の中で祈る必要はないでしょう。私はここの神官に頼まれて雨戸を閉めに来ました。もう入口に鍵をかけるので、一緒に出ましょう」
「分かりました。あの、雨戸は私が閉めましたよ?」
 彼はミントの発言に瞬きし、肩をすくめて両手を広げた。
「なら宿舎まで送りますよ、ミントさん」
「ありがとうございます」
 ミントはほほえみ、すっと立ち上がった。
 二人で礼拝堂の玄関口に戻る。ちょうどその時、屋根を叩く水音が硬質なものに変化した。テメノスは嫌な予感を覚えながら扉を開ける。
 教会前の広場に向かってランタンをかざせば、バラバラという音とともに大きな白い塊が地面を叩いていた。
「……雹ですね、これは」
 いやに冷え込みが厳しいと思えばこれだ。おそらく北のウィンターランド地方から寒気が流れてきたのだろう。あれほど大きな氷の塊が降り注ぐ中を歩くのは、たとえフードをかぶっていても危険だった。
「これでもう少しお祈りできますね」
 ミントは何故か嬉しそうだった。テメノスはため息をつきながら扉を閉める。礼拝堂に戻ってしばらく様子見することにした。
 彼女は宣言通り、再び椅子に座って胸元で手を組み、まぶたを閉じた。テメノスは彼女をその場に置いて、念のため雨戸を見て回って時間を潰す。が、まだ屋根を叩く音は止まない。
 彼はミントの横に少し間隔を開けて座った。すると、祈りを終えたのか彼女は顔を上げた。
「うふふ……夜はとても落ち着きますね」
「こんな天気でも、ですか?」テメノスは瞬きした。
「ええ。ずっと夜でもいいくらい」
 ミントはにこにこしている。ただの敬虔な神官だと思っていたが、実は変な人物なのかもしれないと考えつつ、彼は話題を変えた。
「ミントさんはカナルブラインからこちらに来られたのでしたね。フレイムチャーチは田舎でしょう。何か不自由はありませんか」
 異端審問官でもこのくらいの雑談はする。それに、相手に身の上話をさせることで情報収集する意図もあった。
 ミントはほほえみを絶やさない。
「特にありませんよ。お気遣いありがとうございます」
「それにしても、あなたは何故こちらに来たんですか? 人手が足りないという話は聞いていませんが……」
「私が異動を望んだんです。……償いをするために」
 ミントがぼそりと言い、テメノスは眉をひそめた。見たところ彼女はテメノスよりもいくらか若いだろう。その歳で、後悔するような過去を抱えているのか。
「そうですか」
 テメノスはひとまず相槌を打つ。すると、ミントが急に身を乗り出した。その緑の瞳は今、夜闇の中で黒く染まっている。
「何があったか聞かないのですか? テメノスさんは異端審問官なのでしょう」
 いささかいかつい名前の役職ということもあり、テメノスは初対面の者に若干距離を置かれることも多い。ミントは相手の役職によって態度を変える様子はなかったが、やはり心の底では気になっていたのか。
「誰彼構わず審問する気はありませんよ。この役割を与えられたばかりで、問題を起こすわけにもいきませんから」
 テメノスが肩をすくめると、ミントが初めて笑みを引っ込め、眉を下げる。
「……あの、前任者のロイさんのこと、残念でしたね」
「ええ」
 硬い声で返事した。彼にとってほぼ唯一の友人だったロイは、つい最近行方不明になった。テメノスがロイの後を継いで異端審問官となったのはちょうど、ミントがフレイムチャーチに来る直前だった。
 ミントは自分の膝の上に手を置き、真剣な顔で見つめてきた。
「もし不安なことがあれば、私に言ってくださいね。なんでもお聞きします」
 ほとんど初対面にしては少々踏み込んだ発言だ。テメノスは思わず身を引く。
「……どうしてそこまで私を気にかけるんですか?」
 ミントは熱のこもった瞳をテメノスを向け、胸の前で手を組んだ。
「神官として当たり前ですよ。それに……あなたは何を考えているか分からないので、もっとご自分のことを話してほしいんです」
 テメノスははっと目を見開いた。
 自分はほぼ初対面の他人にそう見られるのか。フレイムチャーチで生まれ育ったテメノスは、ロイや教皇をはじめとして己の人柄をよく知っている者と関わることが多かった。なので、今までは知らず知らずのうちに相手に感情を汲み取ってもらっていたのかもしれない。
(これは使えるな)
 思考が読まれにくいことは、異端審問官の仕事に大いに役立つだろう。
 テメノスは口の端に微笑を閃かせた。ミントに対してとるべき態度が決まり、それまでよりもずっとなめらかに言葉が出てくる。
「フフ、よく言われますよ。ミントさんはお節介焼きなんですね」
「ごまかさないで……私は心配しているんですよ」
 ミントは眉をひそめた。
 彼女の申し出はありがたく受け取るべきだろう。だが、親しい友人がいなくなった時にどう感じたかなんて、テメノスは誰にも言うつもりがなかった。この先ずっと、たとえ教皇に対しても口を閉ざすだろう。
 つまらない見栄と分かっていた。それでも他人に漏らしたくない思いはある。
 いつの間にかあたりが静かになっていた。二人はどちらともなく立ち上がり、教会の外に出る。冷たい風が吹いたが、水滴も氷の粒も飛んでこなかった。地面には小さな氷が散らばっている。
 二人の間にもう会話はなかった。テメノスは濡れた地面を踏みしめ、すぐそこの宿舎までミントを送っていった。玄関口で別れる。
「おやすみなさい、テメノスさん」
「……おやすみなさい」
 そうしてミントは闇の中に消えていった。
動きは少ないけど書きたい雰囲気がそのとおりに書けてるんじゃないか…と思います。畳む