宮部みゆきの時代物を読み始めたのですが、この人の文章は柔らかい書き方をしているのにものすごくかっちりしていて、もはや一字たりとも別の言葉に置き換えられないような隙の無さを感じるんですよね。行間の隅々まで意味が詰まっているというか…。こんなにいい意味でガチガチの文章を書ける人は他に知らないです。小説でフィクションのはずなのに、一切嘘がないように感じられてしまう。むしろ他の人のノンフィクションとかエッセイのほうがまだ隙がある気がする…。やっぱり、もともとものすごく文章を書ける人が長年書き続けてきたからこそたどり着けた境地なのかな…?現代ものじゃなくて時代物だからそう思うのかもしれない。文章が私の知らない知識だらけで構成されてるから、どうやって資料をあたっているのかすら想像もつかないです。「切り餅」=へそくりみたいなものである、というのは時代物をよく読んでたらピンとくるものなんですかね…?隙のあるないでいうと、例えば恩田陸の文章は隙が多いと思います。想像の余地とか余白とかとも言うのでしょうが、実際恩田陸は改行も多い気がする。でも恩田陸作品についてはそういう浮世離れしたところが好きなので、どちらが良い悪いはないと思います。文章のスタイルに寄る。私は戦国時代の武将の話とかにはあまり興味がわかないのですが、江戸時代の庶民の話はファンタジー要素の入った現代ものみたいな読み方ができるので、割と好きです。普通の人情話が一番好き、というのが結論かもしれない。 読書 2025/01/04(Sat)
こんなにいい意味でガチガチの文章を書ける人は他に知らないです。小説でフィクションのはずなのに、一切嘘がないように感じられてしまう。むしろ他の人のノンフィクションとかエッセイのほうがまだ隙がある気がする…。やっぱり、もともとものすごく文章を書ける人が長年書き続けてきたからこそたどり着けた境地なのかな…?
現代ものじゃなくて時代物だからそう思うのかもしれない。文章が私の知らない知識だらけで構成されてるから、どうやって資料をあたっているのかすら想像もつかないです。「切り餅」=へそくりみたいなものである、というのは時代物をよく読んでたらピンとくるものなんですかね…?
隙のあるないでいうと、例えば恩田陸の文章は隙が多いと思います。想像の余地とか余白とかとも言うのでしょうが、実際恩田陸は改行も多い気がする。でも恩田陸作品についてはそういう浮世離れしたところが好きなので、どちらが良い悪いはないと思います。文章のスタイルに寄る。
私は戦国時代の武将の話とかにはあまり興味がわかないのですが、江戸時代の庶民の話はファンタジー要素の入った現代ものみたいな読み方ができるので、割と好きです。普通の人情話が一番好き、というのが結論かもしれない。